トップ > 旅の広場 > 旅のエッセイ > 紀ノ国屋 世界の食卓から > レタスのお話
今では年間を通じて常に野菜の売り上げ上位になったレタスですが、日本の食卓に普及したのは戦後のこと。アメリカの文化が日本の食生活に影響を及ぼし、肉をたくさん食べるようになると同時に、生野菜を使うサラダが肉料理の脇役として欠かせないものになりました。しかし、戦後の一時期までの日本の農家ではまだ堆肥を使う農法が行われていたため、野菜を生で食べることには衛生上の問題がありました。
『今とはまるで考え方が違っていて、生野菜は洗剤でよく洗ってから食べろというのが普通でしたね。今考えると、かなり乱暴な話です』
昭和30年に、生で食べられるように化学肥料と農薬を使って栽培し、雑菌をとり除いた「清浄野菜」というものの定義が厚生省と農林省から出されて、これが急速に普及するようになりました。この「清浄野菜」を、日本で最初に扱ったのが紀ノ国屋でした。
その後、生野菜のサラダは日本の食卓にまたたく間に浸透して、それにつれてできるだけ化学肥料や農薬を使わないでレタスを栽培する技術改良が行われるようになりました。
『当時、レタスを栽培する農家が日本にはほとんどなかったので、レタスの栽培に適した産地を探すことから始まりました。そこで出会ったのが長野県の浅間農場です』
現在は日本一のレタスの産地になっている長野県ですが、紀ノ国屋は昭和28年の創業以来、ずっとその浅間農場で作られる良質のレタスを仕入れています。ほとんど旬がないレタスを、年中きらさないために、今では日本各地の産地と契約を結んでいます。
『最近は、地球温暖化など環境の変化で、野菜の産地の気候が変わってきています。夏は涼しかったはずの信州の高冷地でも、昼間の気温が低地と変わらないことが多くなっています。そうなると、真夏のレタスはもっと北の岩手県あたりから仕入れなければなりません。その時期ごとにいちばん良いものが採れる産地を的確に選んで仕入れることに、最も苦心しています。』
美味しいレタスの見分け方は、手に持ってみて、適度に締まっていながらフワっとしたものが最良だとのこと。
『石みたいに固いものや、巻きがあまくてスカスカしているのは美味しくありません。しかし、いずれにしても新鮮なうちに召し上がるのが一番です』
紀ノ国屋では、レタスに限らず、野菜をより長く美味しい状態に保存できるよう、ビニールの包装袋にも一工夫して、新鮮さを長続きさせているとのことです。
レタスと同様に、これから夏にかけて旬を迎えるのがアスパラガス。わが国では緑のものが主流ですが、ヨーロッパでは春から初夏にかけて白アスパラガスが旬になり、独特の香りと甘みのある白アスパラガスがメインコースの一皿としても食卓に登場します。水煮の缶詰が一般的だった日本でも、最近は生の白アスパラガスが輸入されるようになりましたが、収穫してから時間が経っていることで筋張っていて、茹で時間が長いことが難点です。
『北海道で、素晴らしい白アスパラガスを作っている農家とめぐり会うことができたんです。全体に細めで筋も少なく、茹でる時間も三分くらい。料理がラクですし、とても美味しいですから、ぜひ一度召し上がってください』
ヨーロッパが本場の野菜の一つ、パプリカの人気もこのところ高まっているようです。赤、黄色、オレンジの鮮やかな色が料理の彩りを華やかなものにしてくれ、ほんのりとした甘さがあって、生で食べても美味しいのです。
『パプリカの本場オランダには、紫や茶色、黒に近いものまであるんですよ。でも国内産は輸入品よりも一回り大きく肉厚で、ジューシーな食感が喜ばれています』
野上さんは、オランダ、フランス、イタリアなどヨーロッパ各地の市場や農家を視察して、白アスパラガスやパプリカのような野菜の国内栽培を積極的に進めることが、何よりの楽しみだそうです。
『どうしても日本で手に入らないもの以外は国産の野菜が一番ですね。長年信頼しておつき合いしている農家から直接仕入れることで、新鮮で良い野菜がそろいます。良い産地が見つかったと聞けば、すぐ飛んで行って自分の目で確かめます。携帯電話が普及して、畑の真ん中から「今、抜群のレタスが採れたよ!」なんてリアルタイムでやり取り出来るんですから、便利な時代ですよね』
最後に、『やり甲斐のある仕事です!』と、胸を張って語ってくれました。