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中近東のイランが原産というリンゴは、世界中のどこでも見られるポピュラーな果物ですが、なかでも日本のリンゴは今やその味も形もおそらく世界一ではないかと、お二人は口を揃えておっしゃいます。
日本の「陸奥」「ふじ」「津軽」「世界一」「ジョナゴールド」など、一個で300グラムもある立派なリンゴは、欧米ではほとんど見かけません。
『ドイツのロマンティック街道を走っていると、道の両側の並木にリンゴの木が非常に多いのに驚きます。誰かが所有する木というのではないらしく、その並木に実ったリンゴを採る人はほとんどなくて、熟したものは道端に落ちているんです。拾って食べてみたら、昔懐かしい酸っぱい味がしました』
上野さんはそうおっしゃいますが、同じような話を旅行作家の藤本良一氏からもお聞きしました。
『スペインをドライブしていると、道路に沿ってオレンジの並木が続いていて、色づいた実がいっぱいになっています。誰も採らないというので、ダンボール一杯もぎ取って、ホテルでオレンジ風呂を楽しんだことがあります』
リンゴに限らず、果物一般について、日本と欧米とでは考え方が異なるようです。
馬場さんによれば、日本人の果物に対する思いは、第二次世界大戦後の食糧難の時代に形成されたということになるようです。戦後大ヒットした「リンゴの唄」に見られるように、当時リンゴは滅多に口にすることができない贅沢な食べ物で、病気でもした時にわずかに味わえた貴重品でした。リンゴの色彩的な美しさが、荒廃した戦後の日本の象徴として歌われたので、あの歌が日本中でもてはやされたのではないでしょうか。
現在、日本では圧倒的に生で食べられているリンゴですが、ヨーロッパではお菓子の材料や肉料理のソースの味付けに使われたり、お酒の原料に利用されることも多く、それには昔日本でも盛んに作られていた「紅玉」や「国光」のような酸味の強い品種のリンゴが今でも主流になっているのだそうです。事実、今の日本の甘くて大きなリンゴは、お菓子や料理用には適しません。ドイツやオーストリアでよく食べる「アプフェル・シュトゥルーデル(Apfelstrudel 温かいアップルパイ)」も素朴な味のリンゴが使われますし、「アプフェル・ザフト(Apfelsaft リンゴジュース)」のあの味も昔ながらのリンゴでなければ作りだせないのです。
『日本では皮をむいてキレイに切り分けて食べるリンゴですが、欧米ではリンゴもブドウも果物は水代わりで、喉が渇いたら丸噛りにします』
日本では、リンゴは一つ一つ丁寧に並べられているのが普通ですが、ヨーロッパの市場ではドーンと山積みされていて、みんなキロ単位でまとめて買っていきます。
『日本のリンゴが美味しいのは世界の定説ですが、ヨーロッパで出会うようなリンゴの加工品にも捨てがたい魅力がありますね』
と、上野さんも馬場さんもそれぞれ果物を扱う人として、リンゴに対する愛情は並々ならぬものがあるようです。
『フランクフルトを中心にしたドイツのヘッセン州では、リンゴ酒が作られていて、人々は盛んにそれを飲みますね』
『そう、アップル・ワインは旨いです。あの辺の方言で“エッペルヴォイ”と呼ぶリンゴ酒は、フランクフルトでビールよりも大量に飲まれていますね』
『フランクフルトのザクセンハウゼンという地区には、そのリンゴ酒を専門に飲ませる居酒屋が軒並みです。』
リンゴを語り始めると、興味深いお話が次々に飛び出します。
形が良くて甘みもしっかりした日本のリンゴの見分け方や選び方についても、うかがいました。
『リンゴは一般的に蜜が入っているもののが甘くて美味しいと思われていますが、必ずしもそうではありません』
縦に割ったとき、芯に沿って縦長にびっしり蜜が入っているものよりは、芯の部分に凝縮せずに全体に蜜が分散されているものの方が、はるかにみずみずしくて美味しく感じられるのだとか。実際に糖度を測ってみると、薄茶の半透明に蜜が凝縮された部分とそうでない部分では、後者の方が甘さが2〜3度高いという結果が出ているそうです。 ただし、畑で木になったままで蜜が入ったものは別格で、毎年、品評会に出すために11月に収穫期が終わってもそのまま木に付けておくものをもぎ取って食べると、それは最高ですと、リンゴのプロならではの羨ましいようなお話も披露してくださいました。

紀ノ国屋では、今が一番の食べ頃というリンゴを店に並べるように心がけているのだそうです。確かに紀ノ国屋の売り場に並んでいるリンゴは、いつも美味しそうに輝いています。なぜだろうと、今回の取材を終えて果物売り場を眺めていると、若い店員さんが通りかかり、何気なくリンゴを手に取ってじっと見つめてから、いちばん良い角度を決めて置き直して行きました。呼び止めてそのわけを尋ねてみると、
『リンゴは畑で太陽を受けていた時と同じ角度で置いてやると、美味しそうな表情を見せてくれるのです』
という答が返ってきました。売る側の心使いがリンゴの味を更に高めているということに感動すら覚えました。
『一日一個のリンゴは病気知らず、と言われるほどリンゴのパワーが再認識されているんです。リンゴの栄養学的な要素はまず食物繊維で、これは腸の中をきれいにして弱った働きを活発にします。それに話題のポリフェノールも豊富ですから、ガンや心筋梗塞、動脈硬化に効きめがあるようです』
上野さんが最後におっしゃったこの言葉で、リンゴを見直してみようという気になりました。