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紀ノ国屋 世界の食卓から

アイスクリームのお話

紀ノ国屋 フード事業部 冷菓課 石川篤氏に聞く

「健康食品」としてスタートしたアイスクリームの歴史

 紀ノ国屋でアイスクリームを作り続けて22年の石川さんは、アイスクリームの歴史にも詳しく、開口一番こんなことを言いました。 『アイスクリームの起源は、アレキサンダー大王の時代までさかのぼります』
ギリシャ時代、氷は肉体を元気づけるものとされていて、戦いの前にアレキサンダー大王は兵士たちに氷菓子を与えて彼らの士気を高めたのだそうです。また、≪千夜一夜物語≫の中では「シャルバート」という氷のお菓子が紹介されていますが、これはシャーベットのことだと考えられています。アラビアへの遠征から戻った十字軍がその製法をヨーロッパに伝え、イタリアのシチリア島で果物やナッツを使ったシャーベットが作られるようになりました。
日本では仁徳天皇の時代の四世紀後半に、氷を貯える「氷室」が用意されていたということですから、おそらく高貴な人々は暑い季節に冷たい氷を何らかの形で食べていたに違いありません。
平安時代になると、削った氷にあまずらというシロップのようなものをかけて食べたらしく、清少納言は≪枕草子≫の中でそれを『あて(貴重)なるもの』と書いて賞賛している、と語る石川さんの話はアイスクリームの近代史にまで及びました。
『一八六九年、明治維新の二年後に、横浜の馬車道に開店した「氷水屋」という店が日本で初めてあいすくりんというものを製造し販売して、大人気になったのです。でも値段は相当なもので、一人前がなんと当時の大工さんの手間賃の一日分と同額でした』
明治時代のアイスクリームは、余程のことでないと口に入らない高級食品だったわけです。

こだわりの手作りアイスクリーム

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『紀ノ国屋がアイスクリームを作り始めたのは二十三年前からですが、そのきっかけは高級ホテルやレストランで出されるようなデザートを、気軽に家庭で楽しんでいただきたいと考 えたことでした。レストランのデザートをご家庭でというコンセプトで、最初はフランス 風のアイスクリームとシャーベ ットを商品化しました』
石川さんが言うように、紀ノ 国屋では二人のフランス人パテシエの協力のもとで、アイスク リームはよりクリーミーに、シャーベットはフルーツの風味を活かしてというモットーを心がけながら作っているのだそうです。
『紀ノ国屋がこだわるのは手作 りアイスクリームの味なので す。大手メーカーのような大量生産には向きませんが、少量生産の良さは材料を吟味した個性 のあるアイスクリームが作れることなのです。紀ノ国屋がシャーベットに強い理由は、仕入れた良い果物がキチンと管理できる数量に抑えているからだと思います』
大量生産には大量の果物が必要ですが、それを管理するのが難しいのです。管理された良い材料が使える範囲内での作り方にこだわれば、必然的においしいアイスができ上がる、と胸を張る石川さんです。

世界のアイスクリーム

日頃何気なく食べているアイスクリームですが、含まれている乳脂肪率は製品ごとにいろいろで、厳密には呼び方も異なるのです。その乳脂肪率が最も高いものから順番に、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイスという呼び名に分けられています。シャーベットなどその他のものは氷菓と呼びます。
『世界中で食べられているアイスクリームも、国や地域によって特徴が違うのです。オードリー・ヘプバーンが≪ローマの休日≫で食べて有名になったイタリアのジェラートは、軽 くてクリーミーで脂肪分は控えめですが、フランスはやや高くなり、特に乳脂肪率の高いものがあるのはアメリカです。ところがアメ リカは極端なんですよ。脂肪分ゼロというアイスクリームもあるんですから・・・』
と言う石川さんの口からスパゲッティアイスという面白い言葉が飛び出しました。『ドイツにあるんです、スパゲッティアイスというものが・・・。パスタの形に絞り出したアイスなんですが、たぶんイタリアから出稼ぎに行った人たちがそんなアイスを最初に作ったんでしょう。それから、最近、トルコの伸びるアイスクリームドンドルマというのがコマーシャルで有名になっています ね』
国によってアイスクリームの特色が違う理由は、もちろん味の好みの違いもありますが、 もっと大きな理由は牛乳の生産量や質の違いなのだそうです。フランスやスイスのような酪農が盛んな国では牛乳や生クリームが豊富ですから、アイスの乳脂肪率も高くなります。 ドイツのように小麦粉があまり穫れない国では、ライ麦を使って黒パンを作りますが、アイスも同じで、その地域で入手できる原料でそれぞれ工夫し作っているのです。

お客様の笑顔に出会いたい

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 紀ノ国屋のスタッフの中で、フード事業部に所属する石川さんは、日頃は裏方として働 いているので、店頭でお客様に接する機会は 少ないのですが、たまにお店に出た時に、 『材料を変えたんじゃない?』などと鋭い指 摘を受けることもあるようです。『いつも自分が作ったアイスクリームを召し上がっていただいているお客様だということが判って嬉し いんですよ。工夫して材料を少 し変えてみたことが、すぐにお客様の反応になって戻ってくるんですからね』
試食コーナーで『おいしい!』と言ってく ださる人の顔は、例外なく笑っているのだそうです。『自分が作ったアイスクリームがお客様を喜 ばせ、その笑顔が見られた時は幸せです。コ メディアンや落語家さんは、誰かが笑ってくれた時がいちばん嬉しいと言いますが、人を 笑わせるのは難しいんです。笑わせれば一人前だそうですが、私はおかしなことを言ったりしたりして誰かを笑わせることはできません。美味しいものを作って、皆さんの笑顔を引き出すことはできると思っています。口の中で美味しいなと感じた人は、自然に笑顔になるんですよ』 アイスクリームに賭ける職人の情熱が伝わってくるようなお話です。

家庭で楽しむアイスクリーム

近頃、家庭用のアイスクリーム製造器が安くなって、一万円くらいで手に入るようになりました。
『私たちが使っている機械と基本的には同じなのです。上手にお使いになればプロに迫る味のアイスクリームをご家庭でも作ることができますよ。ただし、乳製品ですから雑菌の侵入には十分に注意をしていただきたいですね』
牛乳や卵など、雑菌が繁殖しやすい材料で作るアイスクリーム。その扱い方について、石川さんのアドバイスをいただきました。
『大腸菌など雑菌というのは、85℃で死滅するということを覚えてください。最初に、牛乳と卵を混ぜてそれを湯煎にかけるのです。そうして雑菌が無くなったものを冷やしてか ら、生クリームを加えるのです。初めからク リームを入れてもよいのですが、冷えてから加えたほうがよりクリーミーなアイスクリームができますよ』
作ったアイスクリームを保存する場合には、乾燥させないためにラップをかけておく とよいそうです。
『お作りになったアイスクリームは、なるべく早く召し上がってください。保存しても一か月以内で食べ切ってしまうのが望ましいですね。それ以上置いておくと、味が落ちてアイスクリームが可哀想です』
石川さんの言葉には、アイスクリームに対する愛情も籠っていました。
『私が作っている紀ノ国屋のアイスは幸せです。毎日、出来たてでお店に並ぶと、お客様 がそれをすぐに買って召し上がってくださる のですから・・・。美味しく食べてやれば、 アイスクリームも嬉しいんです』
石川さんのお話を伺った後の雑談で、ちょっぴり興味深いお話もありました。
『ローマのスペイン階段とアイスクリームの関係はあまりにも有名ですが、オードリー・ヘプバーンはパリでもアイスクリームを食べていますよ。≪おしゃれ泥棒≫という映画の中に、彼女がセーヌの川岸に出ているアイスクリーム・スタンドで買ったアイスを、食べながら歩くシーンがあるんです』
さすがアイスクリームのプロ。石川さんご自身が、アイスクリーム大好き人間なのでし ょう。

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